上賀茂神社とすぐき漬

古来神宮の知恵から今に伝わる万能お漬け物 

―文:佐藤和佳子、写真:本間腕

 

京の人々から「上賀茂さん」の名で愛されている上賀茂神社。正式の名を「賀茂別雷神社(かもわけいかづちじんじゃ)」といい、その昔、神社北にある神山(こうやま)に賀茂別雷大神が降臨されたのが由来といわれています。

雄大な緑に包まれた境内東側には、葵祭の際に禊も行われる清らかな「ならの小川」が流れ、それは「明神川」と名を変え神社の門前に広がる社家町に続いていきます。

 

社家町とは、神主など神職(社家)の家々が集まる町のこと。上賀茂神社の門前には、土塀や小橋が連なる昔ながらの社家町が今も残り、国の重要伝統的建造物群保存地区にも選定された風情のある通りが続きます。

その社家町の中に立つ「御すぐき處 京都なり田」は、京都の人々に愛されている、「すぐき漬」で有名な老舗店。ほどよい酸味と熟成されたコクが魅力のすぐき漬は、千枚漬、しば漬と並ぶ「京都三大漬物」であり、冬の風物詩でもあります。でも、すぐき漬と聞いて、ピンとこない方も多いのではないでしょうか。それもそのはず、元となるすぐき菜は上賀茂の地だけで作られる独特の野菜なのです。

すぐき漬の始まりは400年ほど前。一説では上賀茂神社の神官が、賀茂川の河原に自生していたすぐき菜を持ち帰り境内で栽培したのが始まりと言われています。やがて「神官たちが社家の庭で育て、漬物にしました。その漬物を夏の贈答品として御所や公家、文人墨客など上流階級の人々へ贈ったのだそうです」と11代当主成田典子さん。うだるように暑い京都の夏。気温と共に酸味の増したすぐき漬は大変な珍味だったのです。

こうして社家や近隣農家だけで作られてきたすぐき漬ですが、将軍徳川家斉の時、「すぐきはたとえ一本といえども他村へ持ち出すことを禁ず」と朱書きされた御触書『就御書口上書』が出され、これにより上賀茂から門外不出の固有種として守られることになり、今も大切に種が守られています。

なり田の創業は、この御触書が出された頃。ですが、「それより300年ほど前から社家の家へ出向き、すぐき漬を作っていたみたいですね」と成田さん。当時は上流階級の人々の食べ物だったすぐき漬が、一般の人々の食卓に上るようになるのは明治時代から。すぐきを室(ムロ)で人工発酵させる方法があみだされたことにより、冬に製造販売できるようになりました。これにより、夏の珍味だったすぐき漬の旬が冬となったのです。

現在では他の多くの漬物店ですぐき漬を作っていますが、ほとんどが、この方法。ですが同店では昔からの製法を今も大切に守り、室で熟成させたすぐき漬だけでなく、代々伝わる自然の気温で発酵させ夏に向けて旨みが増すすぐき漬も作っています。「自然の気温と共に発酵することで良い乳酸が出て、独特の酸味が生まれます。塩のみで漬け込むのですが、その塩梅が本当に難しいんです。祖父からは『夏を越す場合は、こうして手入れしていかなあかん』と子供の頃から教えられました」。

すぐき漬が出回るのは12月中旬頃。「新漬けの頃はあっさりした味ですが、5月の葵祭の頃からだんだん酸味と香りが増してきて、独特の美味しさになります。すぐき漬の発酵力で免疫力がアップ、ラブレ菌が整腸作用にもいいとあり、女性におすすめなんですよ」。

食べる時、葉は繊維が強いので刻んで、カブの部分は夏は薄く、冬は厚めにカットしていただきます。「上賀茂神社では1月の白馬奏覧神事で七草粥が、4月の賀茂曲水宴でおぜんざいが振る舞われるのですが、その時にうちのすぐき漬を添えてもらっています。すぐき漬は、お餅や小豆ともよく合うんですよ」。お参りの後、上賀茂神社ゆかりの味を求めて社家の町を歩くのもおすすめです。

 

賀茂別雷神社(上賀茂神社)

住所:京都市北区上賀茂本山339

TEL:075-781-0011

時間:5:30~17:00(二の鳥居内)

休み:無休

WEBサイト:http://www.kamigamojinja.jp/

 

御すぐき處 京都なり田

住所:京都市北区上賀茂山本町35

TEL:075-721-1567

時間:10:00~18:00

休み:元旦

WEBサイト:http://www.suguki-narita.com/

 

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