柳月堂

名曲喫茶でクラシック音楽に身をゆだねる満ち足りた時間

ー文:中村慶子、写真:瀧本加奈子

京阪・叡山電車の出町柳駅に近いレンガ張りの建物。ト音記号が描かれたのれんをくぐって階段を上がった先に、名曲喫茶「柳月堂」はひっそりとありました。大正モダンな雰囲気のリスニングルームは、革張りのソファすべてが立派なスピーカーの方向を向いて並んでいます。適度な間隔を空けて座るお客さんが、話し声や物音をほとんど出さない様子は、まるでコンサートホールに訪れたかのよう。アナログレコードのコレクションはベートーベン、モーツァルトを中心に約8000枚。客はチャージ料500円を払って入室し、1曲リクエストできるシステムです。プチプチというグリッジ音の交じる物悲しいクラシック音楽に目を閉じて聞き入る70歳代ぐらいの男性は常連客なのでしょう。1階にある同名のベーカリーで購入したパンを持ち込み、目立たないよう正統派ウェイトレスに注文したコーヒーを時折飲んでは音を立てずにカップに戻す仕草が、何とも板についていました。リスニングルームとは別に、会話しながら音楽を楽しみたい人向けに談話室もあります。

クラシックレコードが高価で、個人では購入が難しかった時代。店主、陳壮一さんの父で台湾から京都大学に留学していた初代が1953年に開店しました。「音に飢えていた時代は、『音を出さないで』などと注意書きを貼らなくてもみんな静かに聴いていたものです」。音楽の好みや聴き方が多様化して一時は店を閉じたものの、ファンの要望で復活。時は流れ、学生時代に足を運んでいた客がリタイア後に再訪しているのか、現在の客は大半がシニア層です。「かつて京都で下宿していたという客のお孫さんが、位牌を持って訪れたこともありましたよ」。青春時代を彩った柳月堂での大切な時間。書棚に並んだ雑記帳をめくれば、当時の若者の音楽、恋愛、日常に対する純粋で複雑な思いが切々とつづられています。


現代の若者は訪れないのか尋ねると、「スマホで忙しいからね…」と陳さん。空間にお金を払い、音楽を聴くためだけに沈黙する。どこにいてもネット配信で音楽が買え、曲を聴きながらメールを打ったり自転車に乗ったりする若い世代は、確かに理解しにくいかもしれません。「年を重ねて、自分の時間を取り戻せるようになった頃にどうぞ。昨日聴いた音が今日聞いたら違うというような、変化を楽しんでほしいですね」。リスニングリームに戻り、繊細なピアノタッチに耳を傾けていると、「ながら」に慣れた身が引き締まり、感覚が研ぎ澄まされてきます。「そうだ、昔好きだったショパンの曲をリクエストしてみよう」。ふと思い立って名曲リストを見に行きました。


柳月堂
住所:京都市左京区田中下柳町5-1柳月堂ビル2F(地図)
TEL:075-781-5162
営業時間:10:00~21:00(20:30L.O.)
定休日:なし

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