鷹峯御土居

400年を経ても威容を失わない、洛中・洛外の境界線。〈鷹峯御土居〉

源光庵へと続く坂道を北へのぼっていくと、突然こんもりとした土塁が左手にあらわれる。豊臣秀吉が築いた御土居の一部分だ。アスファルトの道を歩いてきた目には、夏草で覆われた土のかたまりが新鮮に映った。 14-IMG_0071 天正13(1585)年、関白、次いで太政大臣の職に就き、政権を掌握した豊臣秀吉は、京都の大改造に着手。市街地の周りをぐるりと取り囲む御土居の造営は、その総仕上げだった。外敵の襲来と、河川の氾濫から市街地を守るのが目的だったと考えられている。 03-IMG_0049 土塁の高さは約5m、底面は幅約20m、頂上部は幅約5m。総延長は約22.5kmにもなるが、なんと2〜4ヶ月で完成したというから驚きだ。半年足らずで、京都の景観はがらりと変わったことだろう。洛中と洛外がはっきりと区切られたのだ。 鷹峯御土居は、御土居全体でいうとちょうど北西角にあたる。フェンスで保護されているので、向かいにある和菓子屋さん・光悦堂で鍵をお借りしよう。そのとき、名物の「御土居餅」を買うのもお忘れなく。 11-IMG_0064 フェンスの中に入ると、雄大な鷹峯三山が望まれて清々しい気分になる。 勢い良く成長した灌木をかき分けて御土居に登ると、桜の木が大きく枝を広げ、楓が涼しげな青葉を茂らせていた。今は緑色の御土居も、四季折々に表情を変えるのだろう。雪が降れば、きっとその白さがまぶしいのではないだろうか。 一部分になっても威容を失わない御土居は、豊臣秀吉が「京都」という街の形成に大きく関わったということを今に伝えるモニュメントのようだ。   〈鷹峯御土居〉 住所:京都府京都市北区鷹ヶ峯旧土居町1

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