龍安寺(京都市)、龍興寺(南丹市)とともに臨済宗妙心寺派の三龍寺と呼ばれている亀岡市の龍潭寺。
その住職を務める「潭さん」がお寺の事から京都の事までをご紹介します。

Priest of Ryotanji in Kameoka City.
Ryotanji is among the 3 major temples of Rinzai Myoshin-ji sect
(others are Ryuanji in Kyoto City and Ryuukouji in Nantan City).
Mr. Eguchi whose nickname is Tan-san,
will be sharing his story about his temple and of Kyoto.

江口昌道

昭和47年2月、龍潭寺24世江口宗道の長男として誕生。5才の時に、父親である師匠に就いて得度、僧侶の道をスタートする。
大学卒業後、天龍寺専門道場に入門。平成8年5月に龍潭寺25世住職に就任。現在に至る。
龍潭寺23世 江口快翁が創設した児童養護施設 青葉学園の理事長として社会福祉活動にも力を注ぎ、亀岡市教育委員会教育委員なども務める。

Born in February 1972, as the first son of Ryotanji, he started is path towards Buddhist priest under his father's supervision at the age of 5. After taking 2 years of practical training at Tenryuji after graduating university, in May 1996, he became the 25th priest of the temple that his family had been guarding.
He is actively contributing to the society by running a children's foster home Aoba Gakuen which was established by his grandfather, participating as an educational member of the Board of Education in Kameoka City.

2019.10.10 THURSDAY

「釈尊 成道」

10月になり心安らぐ季節となり、また野の幸・山の幸・海の幸が味わえる時期でもあります。
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しかし、私は毎年多忙となる時期です。行事イベント等が多く目が回る程の時期です。何とか乗り切りたいものですが、そんな時こそ、ゆっくり静かに坐禅でもくめればと思います。が、なかなか。

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前回、四門出遊(しもんしゅつゆう)と言うエピソードを紹介し、釈尊出家のきっかけを紹介しました。

29才で出家した釈尊は2人の仙人を訪ねて教えを受けますが満足することなく、2人の元を去りました。そして断食や瞑想・不眠等の苦行を繰り返すのです。難行とも言われ、苦痛を通してこれに耐えることで悟りを得ようとする修行です。それは6年間続く事になりました。

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しかし、そこから解脱・心の安らぎは得られず心身は衰弱して行きます。やがて苦行はやめ、ナイランジャナ河のほとりで村娘のスジャ―タから乳粥(ちちがゆ)の施しを受け心身の回復が出来ました。

このスジャ―タは日本の方なら聞き覚えありませんか。

そして、近くの菩提樹の木の下でひとり坐禅瞑想をします。そして、釈尊は遂に悟りを開きブッダ(覚者)となりました。これを成道(じょうどう)と言います。修行の道を完成したと言う事です。時に35才であったそうです。12月8日の事でした。この場所はブッダガヤ―と言い仏教の聖地となっています。日本でも12月8日は成道会と言って「出山釈迦図」(しゃかしゅっさんず)を掛けて法要を行い。また、以前コラムで紹介しましたが、修行僧はこの日に合わせて臘八大接心(ろうはつおおぜっしん)と言う修行を行います。

ようやく釈尊はスタートに立つことが出来たと言う事です。ここから仏教の創始者開祖として使命が始まります。続きは次回。
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