龍安寺(京都市)、龍興寺(南丹市)とともに臨済宗妙心寺派の三龍寺と呼ばれている亀岡市の龍潭寺。
その住職を務める「潭さん」がお寺の事から京都の事までをご紹介します。

Priest of Ryotanji in Kameoka City.
Ryotanji is among the 3 major temples of Rinzai Myoshin-ji sect
(others are Ryuanji in Kyoto City and Ryuukouji in Nantan City).
Mr. Eguchi whose nickname is Tan-san,
will be sharing his story about his temple and of Kyoto.

江口昌道

昭和47年2月、龍潭寺24世江口宗道の長男として誕生。5才の時に、父親である師匠に就いて得度、僧侶の道をスタートする。
大学卒業後、天龍寺専門道場に入門。平成8年5月に龍潭寺25世住職に就任。現在に至る。
龍潭寺23世 江口快翁が創設した児童養護施設 青葉学園の理事長として社会福祉活動にも力を注ぎ、亀岡市教育委員会教育委員なども務める。

Born in February 1972, as the first son of Ryotanji, he started is path towards Buddhist priest under his father's supervision at the age of 5. After taking 2 years of practical training at Tenryuji after graduating university, in May 1996, he became the 25th priest of the temple that his family had been guarding.
He is actively contributing to the society by running a children's foster home Aoba Gakuen which was established by his grandfather, participating as an educational member of the Board of Education in Kameoka City.

2018.06.06 WEDNESDAY

「死装束」(しにしょうぞく)

そろそろ、日本は梅雨本番です。京都も梅雨で湿気が上がり、その梅雨明けで祇園祭りとなり、京都は夏本番を迎えます。そして、我々が一番忙しくなるお盆へと移って行きます。しかし、今日はカラッと晴れています。
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(自撮りにチャレンジしましたが逆光になっております…)

さて、今回は葬送習俗シリーズ第3段、死装束です。
前回は生命・臨終・水の繋がりについてお話しました。
死装束、どこかで耳にした事がありますよね。
臨終を迎えた遺体を湯灌(ゆかん)と言って湯水で拭く習慣があります。これは昔から女性の役割とされていたようです。また死装束を縫ったり、準備する事も近しいゆかりのある女性だったようです。恐らく女性の遺体への配慮があったのではと考えます。
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経帷子(きょうかたびら)と言われる、白い木綿で経文の書かれた着物。この着物の着せ方は普段とは逆の左前で着せるようです。頭巾(ずきん)と言って、三角巾を額にあてるものです。これは日本の方なら良くイメージ出来ると思います。
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六文銭(ろくもんせん)が入った頭陀袋(ずだぶくろ)。
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頭陀袋は、今でも我々の必需品として使用しています。因みに六文銭は、三途の川(さんずのかわ)と言って最初の難関となる渡し賃だそうです。今と昔の物価が気になる所ですが。手甲(てっこう)と言う手首や手の甲を覆うもの。脚絆(きゃはん)と言うひざ下から足首までを覆うもの。
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足袋(たび)草鞋(わらじ)と言った履物。これは我々も良く使用します。また、杖や数珠と有ります。つまりは、旅装束です。四国八十八カ所巡りや西国三十三所巡礼の衣装と言うイメージです。これは死を覚悟して挑まれる事からと聞いた事があります。死とは行脚とも言います。旅立つ・旅に出ると言う事です。ここでの旅とは修行とも言えます。そして、この旅には必要最低限の物だけです。余計な現金、土地財産、地位名誉、豪華な食品も、そこには何も必要ない。必要なのは最低限のものと覚悟だけです。これまた、シンプルな事であり、死と言うものを象徴しています。

次回は枕飾り(まくらかざり)。

 

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