龍安寺(京都市)、龍興寺(南丹市)とともに臨済宗妙心寺派の三龍寺と呼ばれている亀岡市の龍潭寺。
その住職を務める「潭さん」がお寺の事から京都の事までをご紹介します。

Priest of Ryotanji in Kameoka City.
Ryotanji is among the 3 major temples of Rinzai Myoshin-ji sect
(others are Ryuanji in Kyoto City and Ryuukouji in Nantan City).
Mr. Eguchi whose nickname is Tan-san,
will be sharing his story about his temple and of Kyoto.

江口昌道

昭和47年2月、龍潭寺24世江口宗道の長男として誕生。5才の時に、父親である師匠に就いて得度、僧侶の道をスタートする。
大学卒業後、天龍寺専門道場に入門。平成8年5月に龍潭寺25世住職に就任。現在に至る。
龍潭寺23世 江口快翁が創設した児童養護施設 青葉学園の理事長として社会福祉活動にも力を注ぎ、亀岡市教育委員会教育委員なども務める。

Born in February 1972, as the first son of Ryotanji, he started is path towards Buddhist priest under his father's supervision at the age of 5. After taking 2 years of practical training at Tenryuji after graduating university, in May 1996, he became the 25th priest of the temple that his family had been guarding.
He is actively contributing to the society by running a children's foster home Aoba Gakuen which was established by his grandfather, participating as an educational member of the Board of Education in Kameoka City.

2018.04.30 MONDAY

「江口快翁」

4月も過ぎて5月を迎える時期です。龍潭寺周辺では、つつじ・ふじ・芝桜が咲き誇り、筍もピークを迎えています。
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そんな中、いつかこのコラムで紹介したい人物がいました。
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江口快翁(えぐちかいおう)、そう私の祖父であり、今私が理事長をしている児童養護施設青葉学園の創設者です。
そして、龍潭寺の23世住職です。生まれは和歌山県白浜。大変若い頃から苦労されたようで自身が孤児だったのです。幼少にして出家し、同地東福寺派の林翁寺の小僧となり、その後京都市の金閣寺として有名な鹿宛寺の弟子となり、大学を出て修行へ行き、龍潭寺の娘であった祖母と結婚をしました。
その後、聞くところによると、京都駅の荒れた姿、溢れる戦争戦災孤児達をみて、これは何とかしなければいけないと思い、養護施設の創設を目指します。まず家族と檀家さんの説得から始めます。勿論、全員反対。戦後で自分達の生活もままならない状況で、お寺も農地解放等あり、財力のない中での話ですから全員反対。
しかし、江口快翁はその反対を押し切り、昭和22年「こんな時代やからこそ何とかせんと、宗教家として一生悔いが残る。」と、周囲の反対を押し切り、お寺の納屋を改装し少年保護団体として、戦争・戦災孤児・非行少年更生施設青葉学園を創設しました。
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その後昭和24年児童福祉法改正により児童養護施設として再スタートし、今も社会に必要な存在としてあります。ここが、皆さんに一番お伝えしたい事であります。「こんな時代やからこそ何とかせんと、宗教家として一生悔いが残る。」昔も今も我々にとって必要な想いではないでしょうか。父として母として祖父祖母として子として孫として男性として女性として、一人の人間として何か出来ることがあるはずです。つまり、自分のこの命をどう活かすのか?命の活用だと私は考えます。これが仏教者禅僧、江口快翁の教えであり、我々が継承して行くべき想いであります。
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是非、青葉学園のHP後援会「京都青葉の会」また、ボランティア団体「青葉学園芝桜の会」等もHPでご検索下さい。

命の活用のヒントがあります。

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