Paper「黒谷和紙」

山の空気を吸った強くしなやかな手漉き和紙

文:林宏樹 写真:津久井珠美

京都府の北部、舞鶴市との境に近い山あいにある綾部市黒谷町。黒谷川に沿って50戸ほどの家が立ち並ぶ静かな集落が、黒谷和紙のふるさとだ。黒谷和紙の歴史は古く、平家の落武者が生活の糧として始めたと言われていて、安土桃山時代の古文書も残っている。
和紙の原料には、楮(こうぞ)や三椏(みつまた)、雁皮(がんぴ)などがあるが、黒谷和紙は、なかでも繊維の太くて長い楮が主原料。故に強くてしなやかな紙が生み出され、江戸時代以降は、布の代用品である紙衣(かみこ)の生産も行ってきたという。

京都市内から黒谷へは、京都縦貫自動車道が全通したおかげで、車なら1時間半ほど。9年前にも一度取材で訪れたことがあったが、変わらない景色が待っていてくれた。
作業場を案内してくださったのは、黒谷生まれ、黒谷育ちの山城睦子さん。結婚後、黒谷を離れていたものの、子育てがひと段落した時、思い浮かんだのが紙漉きだったとか。「子どもの頃から身近に作業を見てきて、こんなしんどいこと絶対にいややと思っていたんですけどね」話されることばからは、黒谷和紙を絶やさないという使命感も伝わってきた。

楮から1枚の紙が出来上がるまでは、気の遠くなる作業が続くのだが、ちょうど原木を蒸して外皮と芯を取り除いた状態のものを、川の中で揉む「かごもみ」作業をやっているというので見せてもらった。
一晩ほど川に浸けておいた樹皮を、足を交差させながら器用に踏みつけ柔らかくしていく。作業をしているのは、黒谷に住み50年以上紙漉きをしていたという、さよおばあちゃん。紙漉きを73歳で引退したあとも、こうして紙作りの一部の作業を手伝っているという。

さよおばあちゃんは、このあとの内皮を包丁で削いでいく「かごそろえ」も見せてくださった。指と刃物で樹皮を挟み丁寧に黒い皮やキズ部分を取り除いていく根気のいる作業だ。「昔は夜なべしてやっとったけんどね」と話しながらも、手元は休みなく動き続け、きれいな白い皮があらわになっていく。
作業を見せてもらっていると、楮の原木から紙の原料になる部分はほんの一部だ。山城さんによると、紙の原料として使えるのは原木の3~5%ほどだとか。作業も気が遠くなるが、この数字にも気が遠くなる。

かごそろえが終わった白い皮は、アルカリで煮たあと、水に晒してアクやゴミを取り除き、石臼で叩いて、ようやく紙漉きに使える紙素(しそ)になる。水に晒す「みだし」作業も運良く見学できたが、冷たい川水を何度も入れ変えながら1日中続くというその作業は、見ているだけでも大変さが伝わってきた。

そしていよいよ紙漉きなのだが、10年ほどこの作業をしている山城さんでも1日に漉けるのは100~120枚ほどだとか。天井から吊られた簀桁(すげた)に、紙素を混ぜた水を掬い、揺らしながらムラのないように紙を漉いていく。チャプンチャプン、チャプチャプチャプとリズミカルな音は聞いているだけで心地よく。そして漉き上がった紙にうっすらと簀の模様が残っているのがとても美しく魅力的だ。

黒谷では紙漉き体験ができるほか、黒谷和紙会館の2階が資料館になっており、黒谷に伝わる史料や紙作りの道具を展示しているので、併せて立ち寄りたい。1972年にユネスコの世界で一番美しい本に認定された「紙すき村黒谷」に収録されている、色刷りの型染めは一見の価値ありだ(展示会等で出品されていてない場合もあり)。

1階の売店では、便箋や葉書など定番品に混じって、紙衣で作ったトートバックやクッションなどの商品も並んでいる。使い込むほどに味わいが増す紙衣は、是非一度手触りを確認して欲しい。どうやってこんなものが生み出されるのか、自然と紙作りに興味が湧いてくるはずだ。

黒谷和紙会館
住所:京都府綾部市黒谷町東谷3  (地図) 電話:0773−44−0213 営業時間:9:00〜16:30定休日:土・日曜、祝日 

(紙漉き体験)
[黒谷和紙会館]
体験料700円(5名以上で受付)
所要60分(見学含む)
9:00~16:00
1週間前までに要予約
土日祝日休館

[黒谷和紙工芸の里]
京都府綾部市十倉名畑町欠戸31
電話0773-45-1056
体験料700円(別途入館料300円要)
9:00~15:30
予約不要(6名以上は要予約)
土日のみ開館(1~3月は休館)

 

★この記事は、京都を「A」から「Z」で考えるWEBマガジン『BEACON MAGAZINE VOL.2 ~CRAFTS of KYOTO』に掲載されています。ぜひこちらから他の記事もご覧ください。
『BEACON MAGAZINE VOL.3 ~AQUA in KYOTO』
→→『BEACON MAGAZINE VOL.1 ~宇治・伏見のA to Z』

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