Textile ~ Nishijin kimono sash 西陣織の帯「アート裕」

職人のバトンリレーが生む洒落モンの帯


文:林宏樹 写真:本間腕


西陣織を代表する製品と言えば「帯」。現在のような幅広の帯を女性が締めるようになったのは、江戸元禄期頃からなのだそう。面積が広くなって装飾性が増した帯は、女性の和装時の主役。そんな和装の華である西陣織の帯を専門に製造しているアート裕を訪ねると、この道50年以上という津村裕生さんが迎えてくださった。

現在は社長を娘の早江子さんに譲ってはいるが、裕生さんも現場ではバリバリの現役。問屋や小売店からの要望に応えて、様々なアイデアを練ったり、図案の配色を色鉛筆片手に考えたりと、制作の第一線に立つ。デザインは、裕生さんを含む社員4名がそれぞれにアイデアを考えるそうだが、昨年1年間で新たに商品になった柄だけでも70以上もあるとか。そのペースには驚かされる。

今までに生み出された商品を見せてもらうと、世界遺産のノートルダム寺院やケルン大聖堂をモチーフにしたものや、琳派の作品から取った柄を1本の帯に100種類織り込んだもの、ストライプ状に百色の色糸を使った「百縞」と呼ばれるものなど、遊び心が感じられる洒落モンの商品が次々と出てきた。

「百縞なんかはね、糸の管理からなにから手間が掛かって仕方ないんやけど、僕は作るのが好きやから。新しい柄は作りすぎたら利益が出えへんにゃけど(笑)」と裕生さん。すると、「私らが必死で抑えてるんですけどね」とすかさず早江子さん。この和気あいあいとしたやりとりから、様々な洒落っ気のある商品が生み出されている現場の空気が手に取るように伝わってきた。

このようにデザインのアイデアなど制作の肝心の部分は、メーカーである織元で行われるが、西陣織は工程のほとんどが分業システムで成り立っている。図案を描く図案屋さんから、糸を撚る撚糸屋さんや指定した色に生糸を染める染屋さん・・・挙げだしたら10以上の専門の職人さんが関わっている。
この日は、特別にアート裕と取引のある2軒の職人さんのお宅に案内してもらった。

最初に訪ねたのは、たて糸を専門に準備する木村整経。鷹峯の住宅地の一見なんの変哲もない住宅に入れてもらうと、背丈ほどもある大きなドラムに無数の糸が巻き取られていた。

通常の帯で2000本程度のたて糸が使われるそうだが、一度に準備することはできないので、40本程度ずつドラムに巻き取り、最終的に千切と呼ばれる道具に巻きつける。単純作業に見えるが、1本1本の糸が切れていないか常に目と指先の感覚で確かめているのだとか。「揺れる糸をずっと見なあかんから、整経屋は乱視が多いんですわ」ということばにも苦労が窺えた。

次に案内してもらったのは、島さんという織子さんのお宅。西陣では出機といって、織元所有の織機を織子さんの自宅に置き、その織元の商品だけを織るシステムになっている。訪ねた原谷のお宅には、アート裕の織機が2台置かれている。

織機の置かれた部屋に入ると、ガッシャンガッシャンと織機の音で会話の声も張らないと聞こえないほど。現在では、織り紋様のデータはコンピュータで制御されてはいるが、糸の交換や糸が切れた場合などに備えて常に付きっきりでないといけない。織り上がりの表は下側になるため、織り上がりは下に置かれた鏡でチェックする。鏡を見る目は真剣そのものだ。

複雑な柄だと織り上がるのに1日半ほど掛かるとか。70代のご夫婦だが、朝の8時頃から夜の7時半頃まで、織機の前に立つという。見た目以上に大変な仕事だ。

今回は、整経屋さんと織子さんを訪ねたが、どちらもアート裕の早江子さんの話しぶりは、親戚の家を訪ねたかのよう。なんだか、町全体がひとつの会社や家族のようにも思えてきた。そう思うと、西陣の町もいままでとちょっと違って見えてきた。

 

〈アート裕〉住所:京都市北区衣笠馬場町39-3 (地図) 電話:075-461-2330
*訪問する場合は事前に要TEL。

 

★この記事は、京都を「A」から「Z」で考えるWEBマガジン『BEACON MAGAZINE VOL.2 ~CRAFTS of KYOTO』に掲載されています。ぜひこちらから他の記事もご覧ください。
『BEACON MAGAZINE VOL.3 ~AQUA in KYOTO』
→→『BEACON MAGAZINE VOL.1 ~宇治・伏見のA to Z』

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