CHADO 「裏千家」

水と茶の融合をカジュアルにいただく

 

文:中村慶子、写真:津久井珠美、岡タカシ

 

京都のまちの中心部に、川がないのに「小川通(おがわどおり)」という名の南北路がある。かつてここを流れ、堀川に注ぎ込んでいた「小川(こかわ)」が名前の由来。良質の水脈を好んで茶道の家元が川沿いに拠点を構えた。小川通を南へ向かって歩いていると、茶道具専門店がちらほら出現し、立派な門構えが連なっている。北に裏千家の今日庵、すぐ南に表千家の不審庵。武者小路千家の官休庵は2軒から少し南に離れるが、茶道を生んだ千利休のひ孫たちが作った三千家が通り沿いにそろって存在するのが興味深い。川は昭和38(1963)年に埋め立てられて流れが途絶えてしまったものの、伏流水は健在だ。各家元は今も名泉の水を使用し続け、聖域として守っている。

茶道の最大流派、裏千家の代名詞とされる茶室「今日庵」。檜皮葺の閑静な「兜門」をくぐり露地を進めば「梅の井」がある。井戸は枯れないように毎朝汲まれ、茶の湯に使われている。「茶の水を汲むのは、寅の刻。午前4時前後と決まっています。陰陽五行思想に基づく、陽の気が増す時間だからです。鶏が鳴く前に水を汲まなければなりませんね」と茶道研究家の筒井紘一(ひろいち)・茶道資料館副館長。「794年の平安遷都のとき、奈良から京都へ白梅が持ち込まれたのですが、年月が経ってその一部が紅梅になったという言い伝えがあります」。三方の山々から流れ込む京都の地下水にはミネラルが豊富に含まれており、鉄分によって白梅が紅梅に変化したと考えられる。茶に使う水にも同様に、豊潤なミネラル分が含まれているといえよう。

今日庵から小川通を隔てて向かい側にある、研修のための道場「茶道会館」にお邪魔した。ほの暗い畳の茶室。葭簾戸の隙間から枯山水の庭が見え、風が吹けば竹の葉がこすれる音が聞こえる。床の間には「清泉」の掛軸と木槿の花との調和。薄手の夏着物をまとった指導者の庄司宗健先生に、美しい所作でお茶を点てていただく。抹茶を茶筅でよく泡立てるのが裏千家の特徴。軟らかな味の井戸水と相まってまろやかな風味だ。鉄釜で沸かされて鉄分が増した水は、タンニンと結合して渋みが程よく抑えられているのだろう。「煎茶のように煎じるのではなく、茶を丸ごといただくのが抹茶。石臼で丸く挽かれた微粉が、まろみのある水と絡み合います。水と茶の融合ですね」と筒井さん。鎌倉時代に中国から茶を持ち込んだ栄西禅師が「末代養生の仙薬」と記したように、貴重な茶をまるごと吸収して人々は効果を実感してきた。裏千家には多くの海外協会があり、庄司先生は国内だけでなく海外へ茶の湯の指導に出向く。「例えば昨年夏に行ったロシアのサンクトペテルブルクはとても硬い水でした。日本に帰って来ると、やはり茶には軟らかい水が合うなと心がほっこりしたものです」。

裏千家には茶道具の鑑賞などを通じて日本文化が感じられる「茶道資料館」があり、入館者は和室に正座ではなく、テーブルに椅子の「立礼式」でお茶をいただけるのも特徴。明治4(1871)年に日本で最初の博覧会が京都ではじまるが、翌5年の博覧会の時に、現在から5代さかのぼる第11代家元が海外からの客人をもてなすために考案した。「慣れない味に顔をゆがめたり、『おいしいからもう一杯(服)』と茶碗を差し出したりと、いろいろな外国人客がおられます。気楽に味わっていただく席ですから、ご自由にお飲みください」と呈茶担当の中野陽子さん。格式ばらず足のしびれが気にならず、求めれば作法やしつらえを説明してもらえるところもうれしい。茶は静かに飲めばよいわけでなく、最後は音を立てて吸い切る。そうすることで点てた人の心づくしをいただき、双方のコミュニケーションを図ることができると初めて知った。「水と茶の融合」を最後の一滴までズズッといただき、爽快な気分に満たされた。

 

 

 

裏千家 茶道資料館

住所:京都市上京区堀川通寺之内上る寺之内竪町682番地

電話:075-431-6474

開館時間:9:30~16:30(入館は16:00まで)

休館日:月曜、展示替期間、年末年始

お問い合わせ:gallery@urasenke.or.jp

 

★この記事は、京都を「A」から「Z」で考えるWEBマガジン『BEACON MAGAZINE VOL.3 ~AQUA in KYOTO』に掲載されています。ぜひこちらから他の記事もご覧ください。
『BEACON MAGAZINE VOL.2 ~CRAFTS of KYOTO』
→→『BEACON MAGAZINE VOL.1 ~宇治・伏見のA to Z』

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