DYEING「馬場染工業」

豊かな水で育まれた黒染に友禅

文:中村慶子、写真:瀧本加奈子

 写真提供:京の七夕実行委員会

協力:京都市産業技術研究所

 

近ごろ京都のまちを着物姿で行き交う人がめっきり増えて、いいなと感じる。艶やかなレンタル着物をまとう観光客に目を奪われたかと思えば、訪問着姿が板についた京都人にも風格を感じて、駅や繁華街では目移りして忙しい。京都で和装産業や文化を発展させた力となったのも水。豊かな水を利用した京都で染色業が成長してきた。

「碁盤の目」の南北通りの西洞院通には、かつて西洞院川が流れていて、川沿いに染色業が発達した。後継者不足や着物文化の衰退で3、4軒に減ったが、柳水町の黒染屋の「馬場染工業(ばんばせんこうぎょう)」は、しなやかな時代に向き合う染め屋さん。店舗横の細い路地を進むと「柳の水(やなぎのみず)」という井戸がある。千利休が茶の湯に用いたと記述に残る名水で、明治3(1870)年の創業から染め、ゆすぎ、飲料水にと活躍してきた。コップで飲ませていただいた井戸水はスーッと体に染み入る軟水。「父の時代は、幅4㍍もある大きな水槽があってね。積み上げられた反物で、父の声はするのに姿が見えないほどでしたよ」と話す5代目の馬場麻紀(ばんばまき)さんは、業界でただ一人の女性黒染師だ。

 

黒喪服の歴史は意外と浅く、一般に浸透したのは昭和に入ってから。会社の全盛期は昭和30~40年代で、多くの女性が嫁入りする際に持たされた家紋入りの黒紋付を冠婚葬祭に着用していた。カラスの濡れ羽色のような黒を出す4代目のもとへ染めの依頼が殺到していたものの、バブル期に着物から洋服へ時代は移り、染めの水場の面積が全盛期の8分の1ほどに縮小。「同じことを続けていても老舗は守れない」とテキスタイルデザイナーでもある麻紀さんが考案したのが洋服の染め替えだった。シミができたり、色柄が派手に感じたりして着なくなってしまった洋服たち。水をボイラーで沸かして黒い染料を溶かし、蒸し暑い水場で竹棒をかき回し続けて染めていく。ゆすぎは温度を変えて5回も行うと言うから、なるほどたくさんの水が必要だ。そのたび水を含んで重くなった洋服を釜から出し入れする。「おかげでこの力こぶ」と握りこぶしを作って二の腕を見せながら笑う麻紀さん。「全国から洋服が持ち込まれ、この工房には入れ代わり立ち代わり人が訪れ、私は仕事が続けられる。ホタルと同じように、いい水が人々を呼び寄せてくれるのかな、なんて感謝しています」

京都では「友禅染」も有名。知恩院前に住む扇絵師の宮崎友禅斎が発明した、四季の草花などを色鮮やかに描いた染物だ。「江戸時代初めに出されていた庶民の贅沢を制限する「奢侈禁止令」の影響で、色鮮やかで華麗な新しい染物が求められていたため、友禅斎のデザインした新しい着物は当時の多くの人々の心をつかんだのです。多彩に色重なる図案が、友禅染めの生命線。だから、のりで模様を細かく囲んで隣の色がにじまないように染め、余分な染料とのりをきれいな流水で洗い落とす必要があった。特に、写し友禅(現在の型友禅)の技法が確立されてからは、川の流水で糊を落とす『友禅流し』が行われるようになり、華やかな色柄の染物が川の流れにひらひらと揺れる様子が風物詩となりました」と京都市産業技術研究所の杉浦和明(すぎうらかずあき)さん。当初、今は暗きょとなっている堀川や、明治時代まで流れのあった西洞院川で行われていた友禅流し。しかし、「明治に入って、草木などを原料とする天然染料から合成染料に移り変わる中で、美しい仕上がりを求めて、明治の後期ごろから鴨川や桂川などの大きな川でも行われていたようです」。そして、昭和46(1971)年には水質汚濁防止法により全面的に禁止され、水洗いの工程は工場内の人工川へと場所を移すこととなった。

とはいえ、今でも「水の芸術」と呼ばれた川での友禅流しを懐かしむ声は根強い。興味があれば、旧暦の七夕にちなんで8月上旬に開かれる「京の七夕」に足を運んではどうだろう。鴨川では京都染織青年団体協議会が友禅流しを実演。堀川では織姫と彦星をイメージした2本の友禅を水と光で演出する。浴衣でも着て、涼みがてら出かけてみては。

 

馬場染工業> 

住所:京都市中京区柳水町75(地図

電話:075-221-4759

時間:9:00~17:00

 

京の七夕

2016年は8月1日から21日までの会期中、7会場で順次開催。

鴨川、堀川会場は6日~12日の19:00~21:30。

鴨川会場の「友禅流し」は6日と7日に御池から四条間の鴨川で開催(時間未定)。

堀川会場の「光の友禅流し」は竹屋町通~丸太町通間で期間中は北行き一方通行。

※詳しくは京の七夕実行委員会事務局 075-222-0389 (平日9:00~17:30)

 

★この記事は、京都を「A」から「Z」で考えるWEBマガジン『BEACON MAGAZINE VOL.3 ~AQUA in KYOTO』に掲載されています。ぜひこちらから他の記事もご覧ください。
『BEACON MAGAZINE VOL.2 ~CRAFTS of KYOTO』
→→『BEACON MAGAZINE VOL.1 ~宇治・伏見のA to Z』 

LINEで送る