POND「京の池」

知られざる古都の池

文:田中京子、写真:津久井珠美

興味をそそる怪奇な池

 

池といえば思いつくのが、「古池や蛙飛び込む水の音」。あまりにも有名な松尾芭蕉の句である。芭蕉の門弟・支考(しこう)によれば、芭蕉庵に聞こえてきた水音から、先に「蛙飛び込む水の音」の句が出て、後に「古池や」の五文字が浮かんだそう。つまり、「古池」は芭蕉の心象風景だったのだ。芭蕉のまぶたの裏に浮んだ古池の中には、この句を読む前に訪れた、古都の池もあったのではないか。そんなことを想像させる古い池が京都市内に存在する。

 

「何か、出るらしい」 学生のころ、その池の話になると、みんなが声をひそめた。 その名も「深泥池(みぞろがいけ)」。「みどろがいけ」とも呼ぶ。地下鉄の北山駅から北へ約700メートル住宅街を歩くと、氷河時代からあるというその池がぬっと現れる。

ある夜、タクシーが女性を拾い行き先を聞くと「深泥池まで・・・」。「なぜこんな時間に深泥池?」と思いつつ、ドライバーは車を走らせる。池に着き後ろを振り向くと、しかし女性は消えていた。シートに残っていたのはぐっしょりと濡れた髪の毛だけ。その後警察が周囲を捜索したが、女が見つかることはなかった。

「タクシー怪談」から「池の縁を歩いていると足をつかまれる」などの噂まで、深泥池は京都に住む人々の間では心霊スポットとして有名だ。泥が深く積み重なっていることから名がつき、名前からも都市伝説みたいな怪談話からも、誤って足を踏み入れたら最後。戻れない底なし沼のような不安を抱かされる。大きな浮島も、枯死した植物の分解が進まず、泥炭となり堆積する不思議な存在。静かに積み重なる生死の連続が、京都人に畏敬の念を抱かせ、怪談話へと繋がったのかもしれない、などと思いを巡らせる。

実際に深泥池を訪れた日は、よく晴れていた。あたりは静か過ぎるぐらい静かで、人通りもまばら。水面にびっしり浮かんだ水草が何となく薄気味悪い。晴れた昼間でまだよかったと思いながら、念のため池から距離を取って歩いていたのだが、植物の群生を見つけて思わず駆け寄った。大きな柏のような葉が3枚集まったミツガシワだ。比較的寒いところや高山に多いが、氷河時代からの生き残りがここ京都でひっそり命をつないでいる。春につける白い花がかわいらしい植物だ。約60種類ものトンボが生息し、美食家の北大路魯山人が愛したジュンサイが繁茂しているのも興味深い。豊かな生物を目当てに深泥池を訪れれば、なかなかのツウである。

 

<深泥池> 住所:京都市北区上賀茂深泥池町(地図 

 

時代劇のロケ地となった美しい池

「どこかで見たことあるなあ、この画」。目ざとい時代劇ファンなら気づくかもしれない。広大な溜池・大沢池は、隣にある大覚寺とともに時代劇のロケ地として有名だ。「鬼平犯科帳」や「暴れん坊将軍」の様々な場面に登場する。筆者も「鬼平犯科帳」の主人公・長谷川平蔵が舟に乗っているのが大沢池だと知った時は驚いた。江戸の下町を流れる川という設定だったが、何の違和感もない。池の北に梅林や竹林、西に大覚寺の伽藍、東には農地が広がる。四方に高い建物がなく余計なものは映らないという、時代劇撮影には絶対的な好立地である。

大沢池のある一帯は古来、川の氾濫原だった。奈良時代以前に治水工事で多くの池や水路がつくられ、そのひとつを嵯峨天皇が離宮として造営した最古の人工林泉というから歴史が古い。空海の助言を受け、中国の瀟湘八景(しょうしょう はっけい)のひとつ、洞庭湖(どうていこ)を模してつくられた。中国の山水画の伝統的画題だったものの、急速に退潮してしまったのが瀟湘八景。一方、景勝が多くの人の手で護られてきたのが大沢池だ。今も現役で「画」になる景色を見せてくれていることを尊く感じた。

 

<大沢池>

住所:京都市右京区嵯峨大沢町4(地図) 

時間:9:00~17:00(大覚寺の参拝受付は16:30まで、17:00閉門)

※池だけ見る場合は、文化財維持管理協力金として200円が必要

 

★この記事は、京都を「A」から「Z」で考えるWEBマガジン『BEACON MAGAZINE VOL.3 ~AQUA in KYOTO』に掲載されています。ぜひこちらから他の記事もご覧ください。
『BEACON MAGAZINE VOL.2 ~CRAFTS of KYOTO』
→→『BEACON MAGAZINE VOL.1 ~宇治・伏見のA to Z』

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