FU「半兵衛麸」

京都の水に磨き抜かれた京麸と湯葉を味わいに

文:社納葉子、写真:瀧本加奈子

 

京都盆地の地下には琵琶湖にも匹敵する200億トンを超える地下水があるという。まるで巨大な水瓶である。汲めども尽きぬ豊かな水が京都のあらゆる文化を磨いてきた。なかでも世界に誇る食文化への影響は計り知れない。 「京麸」を名乗る半兵衛麸の矜持もまた、豊かで良質な井戸水とともにある。京都で昔から重宝され、愛されてきた食材、麩と湯葉。その誕生過程において、繊細な作業を支えてくれるのが常に安定した質と温度を保つ、豊かな井戸水である。

初夏というのに湿気を含んだ熱い空気がまとわりつく。噴き出す汗を拭きながらたどり着いたのは下京区堀之内町にある半兵衛麸の工場だ。工場といっても、まちなかに住宅や商店に混じって佇む小さなビルである。しかしユニフォームと帽子を着用して内部に案内されると、確かにコンパクトながら機能的な工場だった。 元禄二年に初代半兵衛が創業した半兵衛麸。それまで寺社や宮中だけで食されていた麩がまちの人々の食生活に加わった。貴重なたんぱく源としても、料理に彩りを添える食材としても、京料理に欠かせない存在となった。

麩づくりは、小麦粉に水を加えて練り、寝かせた後に澱粉を洗い流すところから始まる。ふんだんに水を使い、ひたすら澱粉を洗い流してゆく。半兵衛麸ではあらゆる工程において井戸水を使う。澱粉で濁った水はどんどん流し、澄んだ井戸水を汲み上げては惜しみなく使う。
「京都の井戸水は軟水で、年間を通じて19度前後の温度を保っています。これが麩づくりにとって大事なポイントなんです。水道水を使ったことは一度もありませんが、麩はとても繊細な食材ですから、水道水のかすかなカルキ臭なども吸い込んでしまうでしょう」と製造部の井上博史(いのうえひろし)部長は語る。

やがて強い粘りと弾力のある塊が残る。水で磨き抜かれた、麩の主原料グルテンである。ここからの工程によって「なま麩」や「やき麩」が生まれる。 時代とともに工場は近代化されたが、要所要所で人の手が感触を確かめる。 「季節やその日の温度、湿度によって仕上がりが変わってくる。すべてを機械化することはできません」。

「半兵衛麸」という名を掲げるが、作っているのは麩だけではない。同じ場所で作られている湯葉にもふんだんな水が必要だ。粒ぞろいの大豆がたっぷりの水に浸されている様の美しさ。夏は8時間、冬は20時間をかけてふやかし、すりつぶして豆乳にする。温められた豆乳が固まる頃合いを見計らい、竹串で1枚1枚上げてゆく。すべて手作業によって、大豆のうま味が凝縮した湯葉が生まれる。 

五条大橋のたもとにある半兵衛麸の本店は、今も職人たちが麩づくりをしていた名残りがある。中庭には井戸が2つ。1つは今も使われており、ここでも水道水の出番はない。料理やお茶はもちろん、玄関先で涼を演出する打ち水に、植栽の水やりに、日々の掃除にと京都のまち暮らしを支えている。 「京都の文化は井戸水の文化と言っても過言ではありません」。本店店長の苅谷昌宏(かりやまさひろ)氏はそう話しながら、いとおしそうに汲み上げた水をすくってみせた。 「私たちの暮らしの中心に、この井戸水があります。盆地である京都の夏の厳しい暑さを和らげてくれ、底冷えする冬にはほんのりと温もりを感じさせてくれます。この井戸水を沸かしてお茶を飲む時、しみじみと京都に暮らす幸せを感じます」。

本店の向かいには新しい麩の楽しみ方を提案する「ふふふあん」がある。スープに浮かべてクルトンのように味わう「スープdeお麸」や山椒や黒胡椒などをまぶし、おつまみにぴったりな「実(みのり)」などが試食で味わえる。  

水——。現代の日本人にとっては空気のごとく「あってあたりまえ」の存在だからこそ、その質には無頓着だったかもしれない。水が浄め、磨き、引き出してくれるものをあらためて味わい、感じたい。


半兵衛麸
住所:京都市東山区問屋町五条下る五条大橋東南(地図
電話:075-525-0008
営業時間:9:00~17:00(販売)
     11:00~14:30(茶房入店)※要予約

 

★この記事は、京都を「A」から「Z」で考えるWEBマガジン『BEACON MAGAZINE VOL.3 ~AQUA in KYOTO』に掲載されています。ぜひこちらから他の記事もご覧ください。
『BEACON MAGAZINE VOL.2 ~CRAFTS of KYOTO』
→→『BEACON MAGAZINE VOL.1 ~宇治・伏見のA to Z』

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