COFFEE「祇園喫茶 カトレヤ」

まろやか味の御神水を生かすコーヒー

文:中村慶子、写真:岡タカシ

八坂神社の西楼門をくぐって奥に進むと、本殿の東側に「祇園の御神水」がある。最近は並びにある美御前社の「美容水」の方に女性たちが集まっているので、比べて見るとひっそりしているが、昔から気の力を得る「力水(ちからみず)」として信仰を集める湧き水だ。かつての八坂神社はもっと広く、四条通の北側にある「祇園喫茶カトレヤ」も境内に位置していたそうだ。御神水からも200㍍ほどしか離れていないので、この店の地下水もほぼ同じ水脈と言えるだろう。

カトレヤが入る建物は170年ほど前の江戸末期からあり、以前は舞妓茶屋が営まれていた。40年前、カトレヤが市内の別の場所から移転してきたときにはもう、立派な井戸があったと伝わる。現在はそこからパイプを通して水をくみ上げ、水質検査を受けた上で使用している。井戸はもう使われていないが、店のシンボルとして静かにたたずんでいる。神社の祭礼、祇園祭を締めくくる還幸祭では、八坂神社に戻る若衆らがカトレヤの「力水」を飲み、最後の力をふりしぼって神輿をかつぐという伝統的な習わしもある。

色とりどりのステンドグラスと花瓶に挿された白ユリの花が薄暗い空間に映え、ミシン台をリメイクしたテーブルが置かれた店内。アンティーク調のイスに腰かけて、お冷からいただく。まろやか味の軟水。京都の地下水の味だ。「『砂糖入れてるの?』ってお客さんから尋ねられることがよくありますよ。帰り際に『お冷おいしかったわ』って言ってもらって、うれしいけど『肝心のコーヒーの味はどうやったんかな?』と気になったりもしますね」。店長の高橋智樹(たかはしとしき)さんが教えてくれる。

カウンター内では、大きな鍋に水がぐらぐら沸いていた。「お客さんが多いので、常にお湯は沸かした状態にしています」。ペーパードリップで、細く途切れなくお湯を注ぐ。「まろやか過ぎて頼りないので、豆の量を少し多めにしてゆっくり抽出するようにしています」。「水が頼りない」とは、言い得て妙。この水の味を生かそうと、試行錯誤して編み出されてきた豆の量や抽出速度に沿って抽出している。

ボダム社の廃盤「ホールインワン」というカップ&ソーサーで出てきた「ブレンドコーヒー」(500円)は、中煎りで飲みやすい看板商品。まろみのある水を介して、苦味、酸味、コク、香りがじんわり伝わってくる。絶妙なバランスとはまさにこのことだ。そして、見事なほど雑味がないから、安心してコーヒーの味が楽しめる。レトロなブルーの染付で出てきた深煎りの「古(いにしえ)珈琲」(600円)は、渋いけどまろやか、まろやかだけど渋い。この奥深さも名水の力量だ。豆が古いのではなく昭和をイメージした昔ながらのコーヒーという意味。ネーミングで気になって注文する人も少なくない。

お昼の店内は適度な客入り。カトレヤの1つの強みは、全席喫煙OKという本来の「喫茶店」というスタイルを今なお受け継いでいるところにもある。ほの暗さの中、カップの湯気とタバコの煙がゆっくりと立ち上る。「週2回ほどリフレッシュのためにこの空間へ訪れますよ。水がいいからコーヒーもおいしい。20年ほど前、私の奥さんがここでウエイトレスをしていたらしくてね。時を経て、私も今ここのお世話になっています」。スーツを着た50代の男性会社員が、素敵なエピソードを交えて話してくれた。ビジネスマンや近所の常連さん、海外からの観光客…。元気を回復したお客さんがまた、街の雑踏に紛れていく。御神水で淹れたカトレヤのコーヒーは今日も、彼らの「力水」となっているに違いない。


祇園喫茶カトレヤ
住所:京都市東山区祇園町北側284(地図)
電話:075-708-8670
営業時間:10:00~22:00(日曜は~20:00)
定休日:不定休

 

★この記事は、京都を「A」から「Z」で考えるWEBマガジン『BEACON MAGAZINE VOL.3 ~AQUA in KYOTO』に掲載されています。ぜひこちらから他の記事もご覧ください。
『BEACON MAGAZINE VOL.2 ~CRAFTS of KYOTO』
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