SOUND「水琴窟」

100年前の水音に、想いを馳せる

文:木村桂子、写真:津久井珠美

日本は、古くから“風情”や“趣”といった美意識を大切にしてきた。散りゆく桜を眺めては「これぞもののあはれ。風情があるねぇ」と言い合ったり、風鈴の音を聞いては「う〜んやっぱり夏はこの涼しい音色に限る。なんとも趣深いなぁ」と目を細めたり。老若男女、多かれ少なかれ、この風情とやらをそれぞれに感じているはずだ。
だけれど、現代に生きる人たちは、とにかく忙しい。みんな今日を生きるのに精一杯で、風情なんて二の次、三の次ではないだろうか。かく言うわたしもそのひとりで、時間にとらわれてあくせく生き急いでいると、ベランダのプランターに小さな緑が芽吹いたことや、風がざあっと吹いた時のなんとも言えない木々のざわめきなんかに、気付けなかったりする。
これではだめだ・・・。そう思いながら伏見稲荷神社のほど近く、大橋家庭園に向かった。大橋家庭園には、「京都最古」といわれる水琴窟がある。この水琴窟は、“音”で風情を感じさせてくれるものなのだ。

水琴窟とは、底に穴を開けたかめを伏せて地中に埋め、穴からしずくが中に落ちた時の反響音を楽しむ装置。近くに設えた手水鉢から柄杓で水を汲み周囲に注ぐことで、まるで琴のような、あるいは金属音のような「ぽろろん」という透き通った音色が足元から響く。

夏前にしてはひと際暑かったこの日、わたしたちを爽やかな笑顔とともに迎え入れてくれたのは第四代当主・大橋亮一さん。大橋家庭園、通称「苔涼庭」は、大正2年に建てられた大橋仁兵衛氏の別邸の庭で、遠い親戚であった日本庭園の先駆者・七代目小川治兵衛の監修を得て造られた。初代の趣味である大小さまざまな石と11機もの灯篭、そして約100年の間繊細な音を響かせ続ける水琴窟が見所だ。

「水を注ぐといい音がするけれど、こういう形状のものは音が鳴るもんなんや、というぐらいの認識やったんです」。そう笑いながらお話してくださった大橋さん。いまでこそ名の通った水琴窟、じつは、大橋さんが子どもの頃は広辞苑にも載っていない忘れられた文化だったそう。けれども昭和58年、朝日新聞の天声人語にて取り上げられたことがきっかけで再び脚光を浴びることに。現在では京都最古の水琴窟を見に、全国各地から観光客がたくさん訪れる。

ちょうどこの日、わたしたちと共に見学されていたのは、数年前まで俳優として活躍し、今は引退して北関東にて悠々自適な生活を送られている赤城太郎さんご夫婦。庭造りが趣味とのことで、京都観光の際にはぜひ訪れたかった場所だったとか。

「うちの庭にも水琴窟を造ったんですよ。でもうちのに比べてここのはとても音が大きい。すごいですね」と、赤城さんも聞き惚れるほど、大橋家庭園の水琴窟はしっかりと音が鳴る。そもそも水琴窟は構造上中に泥が溜まりやすく、保って10年ほどなのだ。丁寧なメンテナンスと元々の造りの良さで、100年以上の時を経てもなお、美しい音色に変わりはない。


さて、その肝心の音について。
水を注ぐと少し間をおいて「ぽろろん」とキレイな音が聞こえてくる。地下から響くその音を静かに聞いていると、水の筋がやがてしずくとなり「ぽろろん」から「ぽん、ぽん」、時には「カーン」といった音に変化していく。この、途切れがちで繊細な「ぽん、ぽん」の音色は、不規則で掴みどころがなく、それでいて可愛らしさもあって、なんともたまらない! この音に魅了され、つい何度も水を注いで音を聞きたくなってしまったけれど…、それではいささか風情がないというもの。昔の人が水琴窟の音色に想いを馳せたように、さりゆく音に存分に浸るのもいいじゃないか。しばらくその場にしゃがみ込み、何も考えず「ぽろろん、ぽん、ぽん」を聞いている時間は、情緒豊かで、とびきりに贅沢だった。

日当たり良く、風もほどよくそよぎ、じつに気持ちの良い時間を過ごせる大橋家庭園。母屋の縁側に座って聞く当主のお話もまた、とても楽しい。今回訪れたのは新緑の季節だったのだけれど、秋には庭の紅葉が紅く染まり、また違った表情を見せるのだとか。
美しい庭の景色と水琴窟の繊細な音色、日々の忙しさをふっと忘れ、風情を存分に堪能。うん、やっぱり心が豊かになるって、大事だ。そう素直に思えたひと時だった。


<大橋家庭園(苔涼庭)>
住所:京都市伏見区深草開土町45番地(地図)
電話:075-641-1346
営業時間:10:00〜16:30
定休日:水・木曜、8月14〜16日、12月26日〜1月3日
※個人宅のため、必ず前日までに要予約

 

★この記事は、京都を「A」から「Z」で考えるWEBマガジン『BEACON MAGAZINE VOL.3 ~AQUA in KYOTO』に掲載されています。ぜひこちらから他の記事もご覧ください。
『BEACON MAGAZINE VOL.2 ~CRAFTS of KYOTO』
→→『BEACON MAGAZINE VOL.1 ~宇治・伏見のA to Z』

LINEで送る