GARDEN「枯山水庭園」

一瞬の水の動きを永遠に宿す、究極的に静かな世界

文:木村桂子、写真:津久井珠美
写真提供:水野秀比古

何かをじっと見つめて考えを巡らす。それって、とっても単純だけれど意外と難しい。例えばアート作品や絵画を鑑賞するとき。目の前にある素晴らしい創作物には圧倒されるけれど、時間を忘れるほどその場に佇む、なんてことは稀で、たいていは、そろそろ夏服買わなきゃとか、今日ゴミ出しの日だった、なんて生活のいろいろが思い出され、わやくちゃになってしまって終わり。
そんなわたしが、枯山水庭園を理解することができるのだろうか。ちょっぴりドキドキしつつ、でも何か発見があればいいなとワクワクしつつ。

枯山水とは、石や砂を用いて山水の風景を模した日本庭園の様式のこと。水の流れや山、島など、すべてを石や苔などで表しているため、とても抽象的で現代アート的ですらある。

枯山水の代表格といえば、言わずもがなの京都・龍安寺。砂の中に全部で15個の石が点在しているのだけれど、どこから見ても15の石を一度に全て見えないように設計されていたり、作庭者が不明だったりととても神秘的なのだ。


今回筆者が訪れたのは瑞峯院(ずいほういん)。こちらには、「閑眠庭(かいみんてい)」と「独坐庭(どくざてい)」という2つの枯山水庭園がある。

まず「閑眠庭」。こちらは白砂の中に7つの石がある。これらの石は、キリシタン灯籠と呼ばれる少し特徴的な灯籠を背にして見たとき、十字架上に配置してあるのだ。じつは瑞峯院はもともとキリシタンであった大名・大友宗麟(おおともそうりん)が自らの菩提寺として創建した寺院。日本を代表する作庭家・重森三玲(しげもりみれい)がそれを汲み、作庭する際に十字架に模したとされている。静かな水辺に十字架がたゆたうような風景からは、鎮魂の想いが感じ取れる。

一方「独坐庭」は、「独りどっかと座って何事にも動じない」という意味の禅語「独坐大雄峯(どくざだいゆうほう)」からイメージして造られた枯山水庭園。「こちらの枯山水は荒波を表現していて、ほかの庭園より白砂の彫りが深いのです。ですから水の模様を描く際に使う道具は、特注で作っていただいたものなんですよ」とご住職。なるほど確かに、白砂は荒れる海のごとく高く盛られ、その中に佇む石の堂々さたるや、閑眠庭のそれとは全く違った印象を受ける。

さて、概要は理解した。あとはこの枯山水にどう想いを馳せるか、だ。それには、常々この庭園に接していらっしゃるご住職に聞くのがいちばんだろう。「この庭園とともに、日々どう過ごされているのですか? 例えば、枯山水の前で座禅を組まれるとか…?」そう尋ねると、ひと息ついてから「わっはっは」と大きな笑い声が響いた。
「朝起きたら読経し、それから座禅も組みます。そのあと拭き掃除などをして、1週間から10日に1回ほど白砂の波を描き直します。あとはゴミ取り。それだけですね」。その言葉を聞いて、ハッとなった。つまり、枯山水の前で何をするかというのは重要ではない、とおっしゃられているのだ。枯山水とは常に変わらず、そこにただただ存在しているもの。水や木々で彩られた移ろいゆく景色を楽しむ庭園でなく、あえて“変わらぬもの”である石を使って表現することで、見る人の心に問いかけてくるものなのだと。「大きな島が小さな島を率いているように見える、という人もいれば、動物のように見える、という人もいる。でも正解はどこにもありません。見る人それぞれが、それぞれに感じ取っていただければいいのです」。……自分がなんとも即物的な人間であることを、これ以上ないほどに痛感したのだった。

瑞峯院は「閑眠庭」も「独坐庭」も、座って見られるような造りになっている。周りの音も少ない。ゆったりとした時間が流れている。美しい水の流れを模した枯山水を、ただただ眺めるにはうってつけだ。
造られてから数十年、波の模様も一切変わっていない。しばらく見つめていると、完璧な静寂と調和の世界に包み込まれるような感覚に陥った。なんだか風景にすうっと溶け込むようである。ささくれ立っていた心が、ゆっくりと解きほぐされていくような−−。そんななんともいえない感覚を体験したあと、例によって翌日の仕事のことなどを少し考えてしまったのだけれど、それも今のわたしの姿、ということなのだろう。時間をかけて変わらないものと対峙する、それは自分自身と向き合う作業だ。「答えはいくつあってもいいんです」。ご住職の言葉が、しっかりと胸に響いた。

京都にはほかにもたくさんの枯山水庭園があるけれど、京田辺市に位置する酬恩庵 一休寺の「方丈庭園」もおすすめ。白砂が一面に敷き詰められ、静かな水の動きが感じられるこちらの枯山水もまた、とても清貧で、趣深い。過日、GWには「枯山水庭園ライトアップ」を行い、枯山水庭園の魅力をたっぷりと演出することにも成功した。

Don’t think. Feel.

「なぜ自分はそう思うのか」「なぜそうしなければならないのか」、そして「なぜ枯山水は存在しているのか」。何かがあれば、そこに意味を求めてしまう。だけれど、意味にがんじがらめになると、大切なもの、例えばその本質のようなものを、見落としてしまうのかもしれない。
水の動き、その一瞬を、永遠に宿し続ける枯山水。その意味を考える前に、まずは対峙し感じてみよう。写真だけではわからない“何か”が、そこにある。


龍安寺> 
住所:京都市右京区龍安寺御陵下町13(地図
電話:075-463-2216
拝観時間:8:00〜17:00(12月~2月は8:30~16:30)
拝観料:大人(高校生以上)500円・小人300円

<瑞峯院>
住所:京都市北区紫野大徳寺山内(地図)
電話:075-491-1454
拝観時間:9:00〜17:00
拝観料:大人(高校生以上)400円・小人300円

酬恩庵 一休寺> 
住所:京田辺市薪里ノ内102(地図)
電話:0774-62-0193
拝観時間:9:00〜17:00(宝物殿 9:30〜16:30)
拝観料:大人(中学生以上)500円・小人250円

 

★この記事は、京都を「A」から「Z」で考えるWEBマガジン『BEACON MAGAZINE VOL.3 ~AQUA in KYOTO』に掲載されています。ぜひこちらから他の記事もご覧ください。
『BEACON MAGAZINE VOL.2 ~CRAFTS of KYOTO』
→→『BEACON MAGAZINE VOL.1 ~宇治・伏見のA to Z』

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