BAY「舟屋ガイドとめぐる、まるごと伊根体験」

生活の知恵によって生まれた海の風景美

文:中村慶子、写真:瀧本加奈子

夏のような陽気となった、5月後半の土曜日。JR京都駅から特急「はしだて」に乗り、山陰線を北へ。緑が濃くなってきた山間部を抜け、約2時間で天橋立駅に到着した。丹海バスに乗り換えると間もなく、青く光る海が眼前に広がる。地元の中学生と海岸線をのんびり路線バスに揺られ、「伊根」のバス停で降車。1時間海岸の景色を満喫して400円とは、なかなかお得な料金である。

訪れた水の舞台は「日本で一番海に近い暮らし」と称される京都府伊根町。海に浮かぶように家が建ち並ぶ漁村風景は、1980~90年代に映画やドラマのロケ地となって一躍有名になった。1階が舟のガレージ、2階が住居となった独特の建物は、江戸時代中期に登場したという。かつてブリの大漁でにぎわい、入り組んだ地形を利用してクジラやイルカの追い込み漁も行われていた伊根湾では、漁師たちが自宅から海へ直接出勤していたというわけだ。現在は230戸ほどが軒を連ね、2005年に国の重要伝統的建造物群保存地区に選定された。漁師が減って漁法も変わり、ガレージに舟の入っていない舟屋も増えたが、建物の形式は受け継がれ、今晩のおかずを捕るために海へ出る舟が今も残る。

伊根の魅力を味わう方法はいくつかあるが、今回は「舟屋ガイドとめぐる、まるごと伊根体験」を選んだ。「伊根浦散策案内人」の上林紀子(うえばやしのりこ)さんを先頭に、参加者6人とアジの開きが軒先に干された町並みを歩く。車がようやく行き違えるほどのメインストリート両脇に舟屋や蔵、母屋がぎっしり並ぶ。道路から海側を見ると、舟屋の柱が傾いて見えるので不思議に思っていると、「将棋の駒みたいな形でしょ。柱を内側に傾け、海風に強い構造で建てたんです」と、上林さんが教えてくれる。

江戸時代からの舟屋内部にお邪魔すると、舟が着きやすいよう、石組みの基礎が斜路になっている。「伊根湾は干満差が50cmほどなので、水没することはありません」。海水に強いマツやシイが使われた木造建築は、太い柱へ二重に梁を通し、一本物の頑丈な補強材を用いるなど、建築物としての見ごたえも十分。チャポチャポと跳ねる海水の音に、ここは屋内か屋外かと不思議な感覚に襲われる。

少し広いコンクリート岸壁では「もんどり」を体験。もんどりとは住民が魚のあらを餌に海の幸を調達する仕掛けで、ロープを引き上げるとかごが出現した。残念ながら収穫なしだったが、運がよければタコや魚が入っているそうだ。この日は小学校の運動会が行われていて、小さな町内にアナウンスが響き渡っている。「水泳の授業は海でしますから、あの学校にプールはないんです。深いから結構怖かったことを思い出しますね。」と上林さん。のぞいた海はすぐに深く、子どもたちの足は届きそうにない。

その後、NHK連続テレビ小説「ええにょぼ」の舞台となった「向井酒造(むかいしゅぞう)」にも立ち寄り、古代米で仕込んだワインのような風味の「伊根満開(いねまんかい)」などを一同で試飲。

往復約2kmを1時間30分ほどで巡り、出発地に戻ってきた。兵庫県から訪れた寅さんファンの60代男性は「この後は『男はつらいよ』の映画を思い出しながらロケ地を満喫してきます」と海上タクシーに乗船。遊覧船もあり、海上は陸地からとはまた違った趣が味わえるそう。11月6日までは土日祝限定で伊根-宮津・天橋立間の航路もあるので、行き帰りに利用するのもお薦めだ。

湾が南向きに開いているため、日本海に近いにもかかわらず鏡のようになめらかな海面を眺めていると、つい時間を忘れそうになる。「今年初めから、イルカが1匹湾内にとどまっています。この前早朝に見かけたときは、うれしくて思わず友達にメールしました」。伊根に生まれ育って66年の上林さんは、海に面した舟屋の2階で暮らしているそうだ。「毎日水の音を聞いて、コーヒー片手に湾から登る朝日を眺める生活が、私は気に入っています。洗濯物が海風で少々ごわついたり、窓サッシがすぐ傷んだりするけど、大した問題ではないですね」。静かな海を眺め、穏やかな住人に触れ、じんわりと心満たされた。

<舟屋ガイドとめぐる、まるごと伊根体験> ※11月末まで
場所:京都府与謝郡伊根町字亀島
料金:大人(中学生以上)2,300円・小人(小学生)1,800円(小学生)
時間:朝の部/10:15~11:45 (1時間30分) ※10:15集合
昼の部/13:00~14:30 (1時間30分) ※13:00集合
お問い合わせ:0772-32-0277(伊根町観光協会)<地図

 

★この記事は、京都を「A」から「Z」で考えるWEBマガジン『BEACON MAGAZINE VOL.3 ~AQUA in KYOTO』に掲載されています。ぜひこちらから他の記事もご覧ください。
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