KAWAYUKA「京料理 本家たん熊 本店」

400年の歴史を持つ、京の夏の風物詩「鴨川納涼床」

文:中村慶子、写真:津久井珠美、岡タカシ

京都の夏の風物詩「川床」。都会の喧騒から離れ京の奥座敷と呼ばれる貴船や高雄も風流だが、最大規模は鴨川納涼床。京都の繁華街にあり、二条大橋から五条大橋の間で100軒以上が床席を設けている。

室町時代、京都を舞台に約10年間続いた「応仁の乱」の後、荒涼としていた鴨川の河原。1590年、豊臣秀吉の三条、五条橋の架け替えを機に人々でにぎわい始める。歌舞伎芝居に合わせて仮設茶屋が開かれ、裕福な商人が見物席を設けたのが納涼床の始まり。当時は浅瀬や中洲に直接、「床几(しょうぎ)」という簡易な腰掛けを並べただけのもので、浮世絵には川に足をつける客の様子が描かれている。江戸時代に入り川岸に石垣や堤が築かれると、張り出し式の納涼床も出現。周辺に花街が形成されて歓楽街となり、祇園祭の神輿洗いでは見物客で大にぎわい。前述の約400軒がその頃に、床几の数を決め、雑踏の整理や増水後の床の撤収を組織的に行っていたことが記録されている。その後、京阪電車延伸や河道改修などのたびに床の形式が変わり、昭和に入ると台風や集中豪雨で壊滅的な被害を受けた上、太平洋戦争の灯火管制により納涼床の灯が消えたものの、根強く復活を果たして今に至る。

初夏の陽気に恵まれた2016年5月1日。四条大橋から見る鴨川の水辺は、北も南も活気に満ちていた。等間隔に座るカップル、楽しそうに盛り上がる学生のグループ。さらにこの日開業する納涼床が、日曜日の河川敷に一層のにぎわいをもたらしていた。昭和初期に創業。「下木屋町」に本店が移って以来、60年以上納涼床を続ける京料理店「本家たん熊」の床開きにお邪魔した。ござが敷かれた涼しげな納涼床は満席。藤の花かんざしを挿した艶やかな舞妓さんたちがにこやかにお酌をしている。お客を囲んで雰囲気を盛り上げるのが、「鷹山」のお囃子方。祭り提灯を見ながらコンチキチンの鉦(かね)の音を聞いていると、一足飛びに祇園祭の夏がやって来たようだ。

この日はどこまでも穏やかな床席だったが、オープンエアの屋外だから通り雨に見舞われる日も。テーブルや座布団を一気にしまって手早くふき、雨上がりに備える仲居さんらの姿をかつて目にし、熟練の仕事ぶりに感嘆したことを思い出す。毎日ござやテーブル類は屋内外へ出し入れされるなど、清潔に保たれている。

鴨川納涼床はもともと「本家たん熊」のように、板床にござを敷いて座卓を置く和スタイルが一般的だった。しかし近年は京料理店だけでなく、居酒屋や焼肉店、イタリアンのほか、スターバックスのような気軽に入れるカフェやバー…とバラエティ豊富になり、テーブル&椅子の洋スタイルが増えた。きっと史上最大の盛り上がりなのだろうと思っていたが、いやいや江戸中期には約400軒もの茶屋が川床で営業していたというから驚く。


(明治中期の川床の様子 横浜開港資料館所蔵)

夕暮れどき、鴨川納涼床に提灯の灯りや暖色系のライトがともり始めた。今はイルミネーションのようにまばゆい光だが、行灯やろうそくの薄暗い灯りにも風情があっただろう。日が傾くにつれ、空と東山の表情が刻一刻と変わる。昼間の暑さが嘘のように、川風が涼しく感じられる。納涼床はもともと冷房のなかった時代、京都盆地の蒸し暑い夏を少しでも快適にと生み出された先人の智恵だ。しかし涼にとどまらず、気分が落ち着いたり、元気が回復したりと人間は水辺でいろいろな力を享受しているように思う。だからこそ少しずつ現代風に形を変えながらも、400年以上にわたって文化風習が受け継がれているのではないか。京都に、鴨川に、納涼床があってよかったと、夕景を見ながらしみじみ思った。

 

京料理 本家たん熊 本店
住所:京都市下京区和泉屋町168(地図)
電話:075-351-1645
営業時間:11:30~15:00(13:30L.O.)
17:00~22:00(20:00L.O.)
定休日:不定休

 

★この記事は、京都を「A」から「Z」で考えるWEBマガジン『BEACON MAGAZINE VOL.3 ~AQUA in KYOTO』に掲載されています。ぜひこちらから他の記事もご覧ください。
『BEACON MAGAZINE VOL.2 ~CRAFTS of KYOTO』
→→『BEACON MAGAZINE VOL.1 ~宇治・伏見のA to Z』

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